『NADJA 夜と骰子とドグラマグラ』開幕 (水族館劇場)

 
◆2012年 5月下旬のある日◆

野外テント劇団 「水族館劇場」 の博多公演、
『NADJA 夜と骰子とドグラマグラ』が、いよいよ開幕しました





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港のへりに、大々的に出現した「海の砦」!!

やっと、、、ここに、たどりつくことが出来ました








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開場前の、しずかなひととき
夕日の色が、だんだんと濃くなってきています









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『水族館劇場』は、
野外に芝居小屋を建てて、その中に舞台をつくり、芝居をする劇団です

この芝居小屋が、4階建てビルほどもある巨大な劇場であり、
単なる「テント芝居」という枠を、ゆうに越えてしまっています
キャパはなんと300人規模

舞台装置も、かなりの大仕掛けになっており、
・3つの回転舞台
・解体、変化、移動する大扉
・4トンの水が落ちてくる水槽
・噴水
・空を飛ぶ船
・レールを走るトロッコ、などなど、、

それらが、光と煙が飛び交う中、目まぐるしく動くさまは、
もはや大スペクタクルと言っても過言ではないでしょう
しかも動力源が人力というから、なおさら驚きだ


これらすべての建設、製作を、<役者自身が手がけている>というのも驚きです
そのうえ、本番までの数週間を、実際にその空間に住んで生活をする
文字通り『場を作り』『場に命を吹き込む』ことを、彼ら自身が行っているのです








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開演

会場外で、ゲリラ的に始まったプロローグ
この部分は、チケットを持っていない人でも、誰もが観覧可能です


舞台装置の迫力もさることながら、
芝居の「内容」も気迫に満ち満ちています









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ドグラマグラのテーマが歌われ、
やがて本当の開場

これから、砦の中に、
吸い込まれていきます――








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以下、感想



<現在から過去へ>と向かって流れる時間の旅

やがて、大きな水槽へと沈んでいく登場人物たち
(生命が故郷である母なる海へと「回帰」するというメタファーだ)

そしてふたたび、生まれる前の夢をたどる旅へと出発する


様々な示唆とイメージに富んだ重要作、
『NADJA 夜と骰子とドグラマグラ』を、観ました


この作品について、具体的に<どんな物語なのか>を説明するのは極めて難しい
夢野久作『ドグラマグラ』をベースにしながら、
一貫して根底に流れているテーマが「故郷喪失」

これを言ってしまうのは、たやすい

記憶喪失の頭に響き渡るミツバチの羽音
しかし、よく聴くとそれは、ガイガーカウンターのキキキキキキというアラート音
そして「さよならだけが人生さ」のような台詞

「故郷喪失」の示唆をうながす重要なエッセンスが、
そこかしこに散りばめられている



では、本当の意味で「故郷」とはいったい何なんだろうか?
これを答えるのが、難しい

これは、もはや芝居を観た側が引き受けて考えるべき問題だろう
「存在」とは何か?
人間の根源はどこにあるのか?
つまりは、そういうことを






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もっとも『NADJA 夜と骰子とドグラマグラ』に関しては、各々が好きなように観ればいいし、
そもそもそうやって観るべきものだと思うし、
じっさい座長の桃山さんも、
「観た人が、その印象をパッチワーク的につなぎ合わせて理解してくれても構わない」
という旨のことを言われていた

サーカスを見るように大スペクタクルを楽しんでも良いと思うし、
装置の機構やカラクリに注目しても良いと思うし(イマハシは最初これだった)、
推理小説として観ても、なかなか興味深いものです


ということで、
もうここから下は、ほとんど自分宛のメモ書き的に書きますが――



○ <過去から未来へ>と流れていく登場人物
 (下村ぴかどん茉莉耶、下村鉄子、ないしょさんなど)
○ <未来から過去へ>と流れていく登場人物
 (うつろ、面黒楼万児、若林博士など)
○ 時間軸を超越した存在 (大黒天煙之助、犬神チイなど)
○ 空間軸・次元の層さえも超越した存在 (菊池サヨコ)
○ 象徴の塔のように、超然と存在し続けるもの (がら)


◇ 同じ次元の層にありつつも、タッチの差で交わることのない下村母子と面黒楼万児

◇ うつろと糸姫モヨコ、はるかなる時間の軸を越えて、ついに出会い、
 一瞬手と手が触れ合いそうになりながらも、決してそうはならなかった兄と妹
 ※さらに、その多世界解釈としての存在でもある豚飼い明哲と金福子の兄妹

◇ しかし、そういった交わらない登場人物同士を、
 自らが化身しながら「繋げる糸」となる、ないしょさん

◇ パラダイス・ロスト、あてどのない旅をする看護婦、姫草ユリ
◇ 人間ではなく星を守ろうとする宿神、大黒天輝次郎
 ――下村母子が訪れた放生会のお祭りの、大火事の夜にも役者として現れる
◇ 火の記憶(文明の起源)を宿しながら、糸姫モヨコの別人格でもある雪乃
◇ あるいは、がら(始まりと終末で、うつろと出会う)


そして、ほかの登場人物たちも、それぞれが立体構造的に繋がって、
複素関数的3次曲線を描いて、ループをつくるさまは、
まさに終わりのない「どうどうめぐり」の旅だ


それらが、4トンの水しぶきと硝煙の匂い、光の雨と舞う雪に彩られて、
その映像美といい、幻想的な物語といい、
あまりの衝撃に胸うたれて、終演後しばし茫然自失となるばかりだった





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さて、
彼らが次に博多にやって来るのは、いつになるのだろうか


今回は、1ヶ月という短い時間でしたが、
「海の砦」(ベイサイドに設営された劇場はいつしか、そう呼ばれるようになってた)や、
その住人達は、自分の中にすっかりと根を下ろしてしまいました

中には、深い話を交わすことができた役者さんもいて、
すばらしい縁をいただくことができたと思っています


そう、すばらしい体験ができたと思っています


あと何日かでバラシも終わるそうだ
町へやってきたサーカスは、やがてある日、帰っていってしまう
彼らが居なくなってしまうことを考えると、ほんとうに寂しい

しかし劇中でも<がら>が言ってた
「さよならだけが人生さ」と



本当の意味での「故郷」とは何なんだろうか
これは各々が見出すべき答えなんだろう
最後にもういちど、ここで繰り返しておく
 






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※文中なかほどの劇中写真は、水族館劇場公式ページより出典
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by dolmens | 2013-02-19 18:52 | ◆ 音楽と僕ラ (メイン) | Comments(0)  

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